小さくても勝ちにいく、戦略的発想のススメ
「小さくても勝つ」というのは、私共も目標としているところです。
ご縁があって私の事務所のお客様となられた企業には、たとえ現在の事業規模が小さくとも独自の強みを育て、大企業に勝ち、いずれは上場も目指せる企業になって頂きたいと思っています。
そんな題名だけで私のハートを撃ち抜いたこの本の著者は、さかはらあつしさん。
UCバークレイMBAで、作家、経営コンサルタントで映画監督という経歴も然ることながら、なかなか一言では言い表せない面白さと魅力のある方です。
ここから先はネタバレするので、原作の感動を味わいたい方は、この下は読まないほうがいいです。
舞台は昔ながらの理容室「ザンギリ」。親の代から経営しているが、1000円カットの台頭等で経営が苦しくなってきた。
2代目経営者となった息子は、なんとかして「繁盛する理容室」にしたいと思っている。
そこでお客さんとして来ていた経営コンサルタントにアドバイスを求め、それを忠実に実行していく。その結果どうなるか、というストーリー。
MBAで学ぶような経営戦略を中小企業である「ザンギリ」に適用すると、具体的にはどのような戦術(アクション)になって、どのような結果が生まれたのかが書かれています。
MBAで学ぶような経営戦略などは、人や資金等の経営資源が潤沢な大企業にしか関係ないと思いがちですが、違いますよ、具体的な戦い方は各企業に合ったものに変わるけど、戦略そのものは中小企業でも使えますよ、ということを具体的事例で示してくれているところがこの本のスゴイところです。
ネタバレすると、理容室「ザンギリ」は実在して、実際にさかはらあつしさんが約9年間アドバイスをし続け、客数と売上を向上させたお店です。そのときの経験を元に書かれているので、フィクションとはいえ説得力があります。
基本はマイケル・ポーター
いつもこの2つのチャートを意識して、誰が攻めてくるか、どこに攻めていくか、どこを強くできるか、ちゃんとやれているか、といった視点で「ザンギリ」の経営を考え続けたらええんや
さかはらあつし『小さくても勝てます』ダイヤモンド社, 2017年, p72
業界の構造分析(Porter’s five forces analysis)
(図)M・E・ポーター『競争優位の戦略』ダイヤモンド社, 1985年, p8
どんな業界でも、その業界の収益性を決定づけるのは、5つの競争要因です。業界の収益性は製品やサービスを生み出す技術の高低ではなく、業界構造の関数であるというところが面白い。
この5つの競争要因の力関係に影響を与えることにより、少しでも多くの利益が自社に残るように、つまり競争優位を確保できるように考えるのです。
細かい説明は Google検索して頂くとして、ここでは理容室に当てはめるとどんな感じになるかというのを紹介します。
業界内競争:理容師は理容師法があるから、国家資格を持ってないと競争にさえ参加できません。逆に言うと、法律が変わったら他業種との業際が変化したりして、競争も変わるかも知れません。客層やサービスの組み合わせにおいて、業界内で独自のポジションを創設できれば、競争優位になります。
売り手との関係(調達の力):理容室といえば、技術力がものをいいます。優秀な理容師は、理容室同士で取り合いになりますが、確保出来れば競争優位になります。
買い手の関係(販売の力):買い手は個人で通常1~2ヶ月に1回利用してくれます。価格決定力はないが、他の理容室の変えるコストがほぼないので、すぐ他に移られる可能性もあります。新規のお客さんに来てもらって、既存のお客さんがリピートしてくれれば、競争優位になります。魅力あるオプションや物販で単価を上げられれば、これも競争優位になります。
代替品の力:美容室とか1000円カット、ヘアカラー専門店など部分的な代替品はあります。カミソリを使用した剃毛は理容師の独壇場ですが、ヒゲ脱毛をする若者も増えてきました。理容室でしか提供できない価値を訴求して、受け入れられれば、競争優位になります。
新規参入:JRが駅ナカに理容室を作るとか、理容師法が改正されれば、他業種のプレーヤーが参入してくるかも知れません。逆に理容師がマッサージ業界に入っていくっていうのもありです。そのときは、マッサージ業界のファイブ・フォースを考えてください。
どうです? そんなに難しそうではないですよね。正解はないので、ご自身の商売について、各項目に具体的な事象を当てはめて見て下さい。競争優位を確保するための新たな戦略が見つかるかも知れません。
価値連鎖分析(Value chain)
(図)M・E・ポーター『競争優位の戦略』ダイヤモンド社, 1985年, p49
「主活動(プライマリー)」と「支援活動(支援活動)」が鎖のように連なって、利益が生み出されることを表現している。
これを自社の活動に当てはめることによって、付加価値をうまくリレー出来ていない部分(弱点)や過剰な部分(ムダ)が見えてくる。
それを理容室に当てはめると、次のようになります。
購買:理容道具やシャンプーなどの購入にムダはないか?
製造:カット技術のレベルが下がっていないか?
販売・マーケティング:宣伝はうまくいっているか?
研究開発:新しい技術やサービスを考えているか?
人事・労務管理:仕事量や賃金を適正にするノウハウを持っているか?
調達:理容師の確保がちゃんと出来ているか?
(さかはらあつし『小さくても勝てます』ダイヤモンド社, 2017年, p72 記載方法を当サイト用に変更)
理容室の場合、出荷・物流やアフターサービスは外してもいいです。もちろん、出張カットをする場合には移動とか物流の問題が出るし、1週間以内手直し無料を掲げれば、アフターサービスについて検討することになります。自社のマージンの源泉になっている活動を自由に書き出してみてください。
どうでしょう? 図を書いて、考えてみたら、新たな発見がありそうですよね。
他に紹介されている経営戦略等
上記の他にも次のような経営戦略や理論などが紹介されています。
- 損益分岐点
- クリティカルマス(Everett Rogers)
- 選択と集中(GEの例)
- 経験曲線(Bruce Henderson)
- プッシュ戦略とプル戦略(マーケティング理論)
- マークアップ、コスト・ベースド、バリュー・ベースド・プライシング(価格設定理論)
- スリーヒットセオリー(H.E.Krugman)
- ロジカルシンキング(ロジック・ツリー、MECE)
- キャズム理論(Geoffrey Moore)
- ホールプロダクト戦略とボーリングレーン戦略(キャズム理論)
- 創造技法(創造的問題解決技法の紹介。発想法等)
- バリュー・プロポジション(マーケティング戦略)etc.
戦略応用の一例(ボーリングレーン戦略 ✕ 発想法)
前提
世間に「ザンギリ」を覚えてもらう方法を考える。ただし、予算はゼロ。
戦略等の応用
ブログで「ザンギリ」しかやっていない情報発信をすれば、そのうちマスコミの目にとまり、メディアで紹介されるようになる。メジャーなメディアが紹介してくれれば、それがボーリングのヘッドピンとなり、他のメディアにも取り上げられて、世間に覚えてもらえるようになる。(ボーリングレーン戦略)
ただし、予算がないため、無料で出来るブログでの情報発信から始めることにした。金がかからない分、時間がかかる。メディアに認知されるまで3年はかかるだろう。
発信する情報はどうやって作ればいいかというと、「個性もしくは専門性」✕「何か」の掛け算でいくらでも作れる。(発想法)
専門性は「理容」で決まっているから、何をかけ合わせるか? 政治家はコロコロ変わるし、毎日ニュースで取り上げられるから「理容」✕「政治家」なんていうのはどうだろう?
そして「政治家髪型診断ブログ」を立ち上げた。
結果
ちょうど3年後、診断した政治家は1000人あまり、フジテレビから取材のオファーが来た。急いで「政治家髪型評論家」の名刺を作った。日本ではじめて「政治家髪型評論家」が誕生した瞬間である。
自分が作ったカテゴリーで、1人しか専門家はいないのだから、自動的に第一人者となり、政治家の髪型についての問合せが集中することになる。情報も集まり、人脈も出来た。おかげで雑誌でも紹介されやすくなった。
出来すぎた話に聞こえるますが、実話だから否定のしようがありません。小さくても、出来ることを証明されてしまいました。これはもうマネしない理由がありませんね。
<編集後記>
経営戦略なんてものは、発表されたらみんなのものだし、使ってみないと損です。
大企業勤務だと使う機会があるかというと、自社の経営戦略はトップシークレットなので、経営の中枢にいるごく一部の人しか触れる機会はないでしょう。
そう考えると、中小企業のほうが戦略立案から効果測定まで、全プロセスに関わることが出来る。こんなに良い環境はない。
創業経営者に策士然とした人が多いのは、やはり実践で鍛えられたからだと思いました。